磯輪日記

世界の段ボールビトを幸せに! 自分と自分の愛する家族の幸せのために働ける 世界一社風のいい会社を目指しています。

23年前の今日



あの日は、前日の東京での出張を終えて、当時ツノ坊の両親が住んでいた
埼玉県の川口のマンションに立ち寄っていました。

ツノ坊は、朝からマンションの階段を上り下りして、

 「(私がちょうど東京に出張で来ている)この日に何とか!」

と気張っていました。

夜は、力を付けた方がいいということで、ツノ坊のお母さんがステーキを
ご馳走してくれました。

その頃から、お腹が痛くなってきたようですが、誰も信じません。

 「まだ、まだ」

と最初は冷やかしていたんですが、次第に痛みが増してきました。

ツノ坊のお父さんは、冷静を装って、鼻歌など歌いながら、新聞に目を
通していたのか、そのフリをしていたのか。

私は、そういう家族の様子を記録に残すため、ビデオカメラを回して
いました。

で、とうとう夜の9時ごろだったでしょうか、ツノ坊が病院に電話をすると、

 「じゃあ、いらっしゃい」

ということになって、いよいよ臨戦態勢。

これまでののんびりした雰囲気とうって変わって、川口工業病院へ一緒に
向かうことに。

        

この病院、当時から進んでいて、出産の立会いが認められていましたが、
事前の夫婦そろっての研修に参加することが条件と言われていました。

でも、ダメもとで、

 「研修参加してないんですが、たまたま出張で東京来ていたので、
  立ち会えませんか?」

って聞いたら、

 「どうぞ、どうぞ」

 「」

若干拍子抜けしたけど、お言葉に甘えて、立ち会うことに。

そうして0時近くに、我々の娘が誕生しました。
性別を事前に聞かないことにしていたのですが、とにかく無事に出産できた
ことが本当にうれしかった。

その後、看護婦さんに、

 「ご主人、奥さんを抱いて、こちらのベッドに移して下さい」

って言われて、もう身重じゃなくなっているのに、なぜかまだ重いツノ坊を
必死で抱きかかえ、崩れるように別のベッドへ移しました。


もう、あれから23年ですね。
そう、今日、3月18日は、ひとみの23回目の誕生日です。

ツノ坊のお母さんから、きれいなランの一種のアレンジメントをプレゼント
してもらい、ツノ坊が普通の小豆じゃなくって、大納言を使った赤飯を炊いての
地味な祝宴でした。

光からも携帯にお祝いメールが届きました。

2月28日の光の20回目の誕生日は、本人が東京で遊び呆けていた(?)ので、
家族では祝えなかったし、3月15日の母の10年目の命日は私が海外出張中で
したが、今日は何とか家族で祝うことができました。


ひとみのお祝いではあるけど、お産を頑張ったツノ坊への感謝の日でもありました。

 「おめでとう。そしてありがとう」