
名大附属高校1年が終わったところで、中学からずっとお世話になってきたA先生が
突然、異動することを告げられました
それも名古屋市内とか愛知県内ならいざ知らず、埼玉県へ。
なぜ埼玉へ転勤したのか理由は覚えていないし、そもそも知らなかったのか、それすら
思い出せない50年前のことです。
A先生からは数学を習ったんですが、大好きだった先生から教えてもらったのに、
数学は大嫌いでした・・・ あんなに先生のことが好きだったから、数学も好きに
なっていてもよさそうなのに。
そうなってたら、今とは違った人生を歩んでいたかもしれません。
先生が転勤した後、同級生のHくん、Fくんと三人で、東海道線夜行の鈍行列車に乗って、
埼玉のすごい田舎に住んでいた先生を訪ねることにしました。
朝の5時ごろだったと思います、東京駅に着いたけど、時間調整も兼ねて、駅弁を
買って、山手線に乗り、1周する間に電車の中で食べました。
それからJR乗り継いで、八高線の毛呂という駅へ向かうため、切符を買うことに。
しかし目的地の『毛呂』という駅名が三人誰も読めません。誰がその役目を担うのか、
三人で相談した結果、Fくんが窓口へ向かうことになり、駅員さんに、
「八高線の『ケロ』まで三枚お願いします」
と駅員さん プっと噴き出して、
「それはね『ケロ』じゃなく『モロ』っていうの」
こうしてモロ(毛呂)で、

鎌北湖ユースホステルに泊まりました。
ただこの一番右の人はどういう人か覚えていません。
>Hくん、Fくん 覚えてる?
改めてこのユースホステルのことを調べたら、2015年に廃業していました・・・
翌日、先生の自宅を訪ねました。
先生がいつも自慢していた久美子さんという奥さんと3人のお子さんと大歓迎して
くれてました。
なぜこんな話を紹介したかというと、

昨日、対戦相手が、全体未聞の失神負けとなった25分ちかい準決勝を勝ち抜き、
金メダルまえ勝ち取った、柔道の新井選手の出身高校が、A先生が名大附属から転勤した
先と同じ埼玉県立児玉高校だったからです。
活躍した新井選手が、恩師のA先生のことを思い出させてくれました。
おめでとう、そして ありがとう、新井選手。