磯輪日記

世界の段ボールビトを幸せに! 自分と自分の愛する家族の幸せのために働ける 世界一社風のいい会社を目指しています。

こちらは五分の二


 

50年のIさんの次は、五分の二(=百分の四十)つまり40年勤続のみんなです。

 

Aくん、Hくん、Mくんの3名は新卒採用組。

残りは、保之、私も含めて、第二新卒採用組で、すでに厚生年金組です 笑

 

感謝状と記念品を授与し、Iさん同様ひと言ずつあいさつしてもらいました。

 

海外営業一筋のNさん。

一番の思い出は、1990年8月サウジアラビアでコルゲータと印刷機の据付中、イラクが突然

クエートに侵攻し、急遽、据付チームをまとめて帰国。しかしお客様から

 「サウジはまったく安全だから、据付を早く再開して欲しい」

と強く迫られ、11月に再度出張し、仕事を完了させ、大急ぎで帰国しました。

その2カ月後、湾岸戦争が勃発したことを紹介してくれました。

2012年の年賀状大賞受賞者。40年前を想い、まだまだお願いします!

 

組立一筋のHくん。

 「ザ・昭和のにおいのする磯輪鉄工所に入社後、目まぐるしい変化がありました。

  4年前の組立新工場の建設にも携わることができました。

  40よく頑張ったねと、今日だけは、自分で自分を褒めたいと思います」

そしてHくんといえば、

https://blog.goo.ne.jp/h_isowa/e/4bdcc94cfdfa92096fa3de22eccb75bb

H画伯としてのこのポスター。永遠に不滅の作品です。

 

海外サービスのMくん。

 「海外のお客様は、私の宝です。 やさしいことも、厳しいことも、いろいろ

  教えてもらったことが今の自分の財産です」

 Mくんがプレゼントしてくれた

https://blog.goo.ne.jp/h_isowa/e/f483ce4e38d2b1f01f27efe011bbde68

Mくんが自腹で作ってくれたISOWA100周年記念キャップ。

私の宝物です。

 

工程管理のAくん。

私が入社して3カ月、初めて行ったお盆の機械の据付工事で、同じ旅館に雑魚寝して、

コイン式のエアコンに悪戯してAくんの超技巧に感心していたら、エアコンが壊れて

しまい、旅館の女将に大目玉をくらわされた思い出話を披露してくれました。

Aくんとは、

私が社長になってからのほとんどの期間、労働組合の役員、委員長として、会社の経営を

一緒に考えてもらいました。

https://blog.goo.ne.jp/h_isowa/e/240ca242951208b3fb16470979d579da

組織の長としての苦労を共にした戦友です。

 

営業のSさん。

10年勤続で受け取った記念の腕時計を持参して、披露してくれました。

Sさんのスピード力はISOWAでもピカイチで、長く営業の責任者をお願いし、その後も

経営手腕を見込んで、

子会社のISOWA中津川の社長も務め、立て直しに貢献してもらいました。

 

最後は、ISOWAフーパーのKさん。

40年間、フーパーの総務・経理を担当してくれました。

フーパーはISOWAの半分の50周年ですから、そういう意味ではKさんは五分の四!!

ダントツですね。

 

それにしても15年続いている『磯輪日記』って魔法の玉手箱の様です。

探せば大概のものは見つかる。 仕事もブログも、やっぱり継続することはすごいこと

ですね。

 

ただ今日のブログはものすごい時間かけて書きました。

探せば見つかるけど、ブログの検索機能は大したことが無いから。

もっと検索機能をアップしてくれるといいんだけどな~