磯輪日記

世界の段ボールビトを幸せに! 自分と自分の愛する家族の幸せのために働ける 世界一社風のいい会社を目指しています。

喪中を考える



毎年、この時期になると、次々とわが家に届くのが、喪中のはがきです。
友人、知人のご両親だけじゃなく、友人、知人その人が亡くなり、その配偶者の
方から喪中のはがきを頂くと、改めて大きな喪失感にとらわれます。

今年も、高校の同級生が事故で突然亡くなりました。
とても元気な奴だったので、本当にショックでした。


「喪中につき年賀のご挨拶を失礼します」というはがきを受け取ると、こちらも
年賀状を差し控えます。

しかし服喪は一律ではなく、亡くなった方との関係で期間は異なるのです。
最も長いのは両親が亡くなった場合ですが、子ども、祖父母、兄弟という順に
短くなっていくようです。
だから前年に身内が亡くなったと言っても、1年喪に服するのが一般的な
両親の場合を除けば、不幸があったのが例えば前年の前半であれば、明けた
お正月には喪が明けていることもあるんですね。


また喪に服するのは、あくまで身内を亡くした側であって、相手側は年始の
あいさつを差し控えるというよりは、喪中の相手を慮った言葉、文面でご挨拶
すればいいんじゃないかなと、私は思っています。


身内を亡くした次のお正月はただでさえ寂しいのに、年賀状がまったく届か
ないと、余計に寂しく感じます。自分もそうでした。
でも年齢がある程度行って、天寿を全うした祖父母、両親であれば、むしろ
年賀状をもらった方が元気付けられるんじゃないでしょうか?

それに喪中がきっかけで、翌年以降、年賀状が来なくなることも結構あり
ますから。


ただ相手が配偶者やお子さんという最も身近な家族を亡くされた場合は、
やっぱり出せませんよね。


そういう意味でも、喪中の方には寒中見舞いが一番ですね。


日本の文化や伝統。
奥が深くて、知らないことも多く、難しいですが、結局は形よりも『真心』
で対応するってことでしょうね。

これもある意味、氷山の上と下 ってことで。


私の『喪中考』でした。