
毎月郵送されてくる わが大学の同窓会報『如水會々報』。
今年のNHKの大河ドラマ『青天を衝け』のこともあって、会報にも渋沢栄一関連の
記事がやたら多いです。
先週届いた6月号に、4月の入学式での中野学長の式辞が紹介されていました。
タイトルは

「渋沢の遺産は一橋大学である」
確かにうれしい言葉ではあるけど、結構よく言われているようなフレーズでもあります。
しかし記事を読んで驚きました。
これがドラッカーさんの言葉っていうんです。

『断絶の時代』という本に、しっかり記されていると中野学長は言います。
あ、私は読んだことありませんが・・・
ドラッカーさんは日本美術が好きでよく来日したけど、来日のもうひとつの目的は
渋沢栄一の研究だったと言われるほどです。
ドラッカーさんは、この本で、岩崎弥太郎と渋沢栄一について:
この二人だけで、日本の工業、運輸関係企業のおよそ三分の二をつくりあげた
のである。たった二人の人間が、一国の経済にこれほど大きな影響を与えた
例はどこにも見あたらない。
とした上で、しかし二人をこんな風に対比しているそうです。
ドラッカーさんが渋沢栄一をこんな風に賞賛してくれるなんて。
渋沢栄一は、

一橋大学と生涯深く関わり、それを捉えて、

こんな風に言ってくれたとは!
渋沢栄一は、倒幕運動から一転一橋慶喜の家臣となり、その後明治政府の役人になり、
さらには下野したこともあって、変節を繰り返しているように言われるけど、NHKの
『英雄たちの選択』という番組を見てたら:
「彼の本質は若いころからまったく変わっていない。
常に強欲資本主義の様ないわゆる体制、時の権力者と
戦ってきた。そうして人にやさしい資本主義を日本に創った。
彼がいなかったら、日本は違った国になっていた。
彼こそ、一番ブレていない」
と紹介されていて、「なるほど」と思わず膝を打ちました。
生涯を『人づくり』に尽力した渋沢栄一の遺産である一橋大学で学ぶことができ、
『世界一社風のいい会社づくり』を自分自身の生涯のテーマにすることになった。
渋沢栄一の思想の流れの末席の末席のそのまた末席であっても連なっていられることを
心からうれしく、誇りに思っています。