
NHKの古いドキュメンタリーを見ていたら、こんなデータが紹介されていました。
昭和16年、つまり太平洋戦争開戦時の、日米の経済力の比較表です。
これが、佐々木譲さんの戦争三部作の二作目の
「やつらには、ジェネラル・エレクトリックも、
ジェネラル・モーターズもないんだぜ」
というアメリカ兵の言葉につながりました。
石油なんて、721分の1しかないのですよ。
さらに驚いたのは、三部作の内、現在読んでいる最終作にあったこの件です。
「なるほど、零式艦戦は、国際水準を超える優秀な戦闘機には違いない。
しかし、三菱の名古屋工場では、その零式艦戦を各務原飛行場まで運ぶのに、
牛車を使っているのだ。牛に引かせて運んでいるのだよ。わが国には、ドイツも
瞠目するような戦闘機がありながら、それを運ぶための大型トラックも、
舗装されたまともな道路もないんだ。敷地内に高が300メートルの滑走路も
ないような町工場が、その飛行機を作っているんだ。それがこの国の産業の、
国力の実態なんだよ」
ジェネラル・エレクトリックや、ジェネラル・モーターズだけじゃなく、大型トラックも、
道路も滑走路も無い。あるのは牛車! これ、本当なんでしょうか?!
それに加えて、一作目の『ベルリン飛行指令』では:
「米国では飛行士を志願する青年は、志したときに既に100%自動車の
運転ができます。内燃機関についての知識を持っています。自分の
自動車を持っている青年だって少なくありません。 (中略)
航空戦力をいくら増強したところで、わが国にはそれを飛ばす
ことのできる男の絶対数が足りません。そもそも、自動車の運転のできる
青年が少ない国で、飛行機をいくら増産しても始まりますまい。(中略)
戦闘機の戦闘機の搭乗員は、工場に増産を命令すれば出来上がってくると
言うものではありません」
挙句、パイロットもいない。
孫子曰く、「彼を知らず、己を知らざれば戦う毎に必ず殆うし」。
当時の日本は、氷山の上も下も、まったくもってアメリカに敵うものは何ひとつ
なかった。 戦いを略する(戦略)、つまり『他との違いを作って、できるだけ
戦わない』こと無しに、気合と根性だけで戦おうとした。
指導者の責任はとてつもなく大きい。
経営も同じですね。